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隠蔽楼閣

ブログ名はかっこよくキメたい

有能な女、無能な女

完全に体験談、経験則での話。特にこれといった確固たる理論があるわけではないです。

 

女は巣を作る、男は秀でた遺伝子を残そうとする生き物であることから、女はベター男はベストになれるように生まれ、育てられるので、男の立場から考えると女がそれに比べて無能である比率は高くて当然になるのだが、ギャーギャーと騒ぎ立てるだけで取り立てて能のない女もいる。

ではどのような女が有能で無能なのかという判断だが、これは見た目が大きく占めているというのがぼくの持論。

顔面偏差値やスタイルの良さで物事を語るつもりはなく、ここでは「見た目に気を使っているかどうか」ということが重要である。

前置きの通り、完全に体験談と経験則だが、喪女の権化のような見た目をしてる女に有能がいたことがない。高校時代、放送局の局長、学校祭の実行委員会の放送パート長を務めて、少なからず組織やイベントの運営に関わってきたが、皆それなりに仕事ができ、皆見た目に気を使っているタイプであった。ちなみに運良く放送局には同学年の女はいなかった(途中でやめていった)。それに比べて、喪女タイプというのはイベントごとなどで何かにつけてクラスの足を引っ張る存在であり、やる気のある者たちから疎んじられる。だから喪女なのだろうが。

男である場合は見た目が陰の者でもできるやつはそれなりにいる。それはなぜなのかぼくにもわかったところではない。

しかし、こと女に関して言えば、見た目が喪女で仕事ができるやつなんてのは突然変異種ではないだろうか。

もちろん、見た目に気を使っていても無能な女はたくさんいる。いわゆる「セックスしか能のない女」だ。95割ありえないが、ぼくが娘を持つことがあったとしたらセックスしか能のない女には育てたくない。昔の知り合いにも、今の知り合いの知り合いにもたくさんそんなのはいるが、ぼくはそのような女を蔑視している。

 

 

という持論でした。喪女とは意識して関わってこなかった(というか進んで関わろうという方が異常)ので、ぼくの心の安寧とダメなやつをダメと軽蔑する心は保たれています。

常にダメなやつのダメな部分をダメと言える人間でありたい。